クロガネ・ジェネシス
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第ニ章 アルテノス蹂 躙
第48話 参戦者
アルトネールとアマロリットは構える。レジーもそれは同様だ。違うのは、アルトネール等の表情は強ばっていて、レジーの表情には余裕があるということだろう。
殺す者と殺される者。ヘビとカエル。この戦いはその縮図と言える。
アマロリットは回転式拳銃《リボルバー》の照準を即座にレジーに当てて、魔術弾を撃つ。
目に見えぬ速度で発射される銃弾を回避することなど普通はできない。しかし、レジーは回避した。それは銃弾が発射されるよりも速かった。
外れた銃弾は地面を広範囲に渡って凍り付かせる。
「フロスト・ソーン!」
アルトネールの魔術は、大地に突いた杖を通して、氷の茨を出現させる。それはレジーに絡み付こうとうねり、津波の如く接近する。
レジーは右手を振りかぶり、氷の茨目掛けて雷《いかずち》を落とす。
氷の茨は、文字通り粉々に粉砕され、消滅する。
「そんなもので、あたしは止まらない!」
獲物を見つけた獣の如く疾駆するレジー。一瞬にして接近してくるそれに、2人は次の対策を講じようとした。
アマロリットは次から次へと魔術弾を放つアマロリットだが、レジーには当たらない。6発しか装填できない回転式拳銃《リボルバー》はすぐに弾切れを起こす。新たに弾を装填している時間が惜しい。しかし、それをしなければ攻撃手段を失うのも事実だ。
「フロスト・ソーン!」
アルトネールは先ほども放った魔術をもう一度放つ。レジーはそれを高々と跳躍して交わし、アルトネール等の背後に着地した。
「後ろ!?」
「速い!」
「ハハハハハ!」
アルトネールが新たな魔術を、アマロリットが回転式拳銃《リボルバー》を構え直す。
しかし、間に合わない。レジーは容赦なく2人に接近する。捕まれれば即死は免れない。圧殺の腕が迫る。
その時、鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえた。同時に、2人の前にまったく予想だにしない人物が現れる。
長刀をレジーの肩に切りつけ、その状態でレジーの動きを止めている。
「なに!?」
「あ、あんたは……!」
アマロリットはその人物に見覚えがあった。武大会で、零児と戦った仮面の女。その名はアール。
「貴様等が敵う相手ではない! 邪魔だ!」
アールは言い捨てて、レジーの肉体を刃で弾き飛ばした。
「アマロちゃん! 今の内に!」
「え、ええ……!」
2人はその場をアールに任せ、負傷した仲間達の元へと向かった。
「どうしてあんたがあたしの邪魔をするのかしら?」
「貴様の行動は些《いささ》かいきすぎている。我が主とて、貴様達の幸せを願ってその体を授けたはずだ……。このような形で悪用するためにあらず!」
アールは身の丈ほどもある長刀を悠々と片手で持ちながら言う。大きさから見て、両手剣であることは間違いない。しかし、その形は刀そのものだ。
「悪用……ねぇ。誰に対しての悪用かしら? 人間に対しての? それとも、あんた達に対しての?」
「その両方だ……。これほどの騒ぎを起こしたのだ。酌量の余地はない。この場で切り捨ててくれる!」
「できるかしら?」
レジーは笑いながらアールに襲いかかった。
アルトネールとアマロリットはアールが戦っている間、バゼル達の介抱を行っていた。彼らはまだ死んでいない。それは不幸中の幸いと言えた。
ネル、ギン、バゼルの3人と、負傷したアーネスカ、シャロン。そしてアルトネールとアマロリット。
全員を一カ所に集め、アルトネールとアマロリットは可能な限りの治療を開始する。
「奴は……何者だ?」
バゼルはレジーと戦っている見知らぬ誰かを見て言う。
その戦いは、恐らく今までの中でもっとも互角に戦っているように見える。レジーの動きは最初の頃に比べて若干落ちてきている。とは言え、それでも速い。しかし、それと身の丈ほどの長刀で渡り合うたった1人の人間。疑問に思わないはずがない。
「あの人は、零児の決勝戦の相手……」
「何? ということは、零児はあの人間に勝ったということなのか?」
「ええ、勝ったわ……」
ーーだけど……。
アマロリットはバゼルとは別の疑問を抱いていた。なぜアールが自分達に協力するのか。
「勝てるのか……? あの人間ならば……」
「わからないわ、そんなの……」
アマロリットは思う。アールとて、勝ち目のない戦いをするために来たわけではないはず。それに、レジーのことを知っている様子だった。ならば、なんらかの秘策を用意しているのではないかと。
「あんたの攻撃はそんな程度!? ハッハッハ! そんなんじゃあたしは倒せないわ!」
「……」
アールは無言のまま、ひたすらに長刀を打ち込んでいく。レジーの体のどこに打ち込んでも、金属同士がぶつかりあう音が響いた。
そのたびに手が痺れる。しかし、痛みは感じなかった。ただ、レジーの攻撃の回避と、刃の打ち込みを続けるだけ。それも一カ所だけではなく、腕、膝、旨、肩と至る所にだ。
それだけの作業じみた単純な戦いは互いの体力を消耗していく。否、一切の回避行動を取ることなく、攻撃を繰り出し続けるレジーの息は徐々に乱れてきていた。
対するアールはまったく息を切らしていない。同じことをひたすらに続けるだけだ。
「……随分とタフなことだ」
アールは動きながら静かに言った。
「あたしは不死身よ!」
「愚かなり……。仮初めの不死など、種を明かしてしまえばただの魔術に過ぎん」
「何ですって?」
「気づかないか? 先ほどから、傷の再生が遅くなってきていることに……」
「!?」
レジーはそこで初めて、アールから一歩引いた。
体がおかしい。切りつけられたところから血が止まらなくなっている。同様に、切りつけられた箇所の骨や関節、筋肉の動きが少々おかしい。老朽の進んだ鉄骨のように体が軋んでいる。
「こ、これは……どういう……!?」
「貴様の体に編み込まれた鉄線は、私の刃で腐食させた。そういう呪いをかけた刃だったのだ」
「……」
「もう、動けまい……。せめて、苦しまずに、その命を散らせてやろう……消えろ!」
「お前如きに……」
アールはレジーの首を両断せんと、長刀を振り上げた。
「ふざけるなあああああ!!」
「何!?」
レジーの腕がのびる。長刀を振るう今のアールは隙だらけだ。反撃することはできない。
レジーの腕が、アールの肩を掴む。そのまま圧力をかけて、アールの右肩の根本を万力のような力で握りつぶす。
「ぐうう!?」
「人形風情があああ!!」
長刀ごと右手が地面に落ちる。ちぎられた肩の断面から血は一滴も流れていない。
アールは跳躍で後ずさるが、レジーはそれを逃そうとしない。
「まだ動けたのか!?」
「消えろ人形!!」
軋む体を無理矢理動かし、握りしめた拳をアールに向ける。
「おい! 助けるぞ!」
明らかに敗北が確定的なアールを救うべく、バゼルが先行する。
「おう!」
「これ以上やらせない!」
ギン、ネルもそれに答える。
その間、アールはレジーに顔面を殴り飛ばされていた。顔を覆っていた仮面が外れ、素顔をさらけ出している。
「クッ……体が動かん……!」
「ハァ……ハァ……この……!!」
レジーは怒りと憎悪が入り交じった羅刹の如き表情を浮かべた。
「それ以上はさせんぞレジー!」
表情はそのままに、レジーが振り向き、バゼルをねめつける。
「なっ……!?」
飲み込まれそうなほどの憎悪を感じる。人間に近いフォルムから放たれる竜《ドラゴン》のオーラ。この世のものとは思えないほどの殺気。バゼルははっきりと恐怖を感じた。
レジーの瞳はギョロリと動き周る。まるで何かを探しているかのように。
「何してんだバゼル!」
「手を抜ける相手じゃないわよ!」
その後ろから、アマロリットやネル達も姿を現す。
レジーは視線を一点に定め、高々と跳躍した。
その視線の先にいた者こそ、レジーの標的。ギンはそれが誰なのかを見抜いていた。
「させねぇええええ!!」
ギンは即座に、アマロリットを突き飛ばした。
「ギン!?」
落雷は、アマロリットを突き飛ばしたギンに容赦なく降り注いだ。
ギンの体が宙を舞う。地面に激突したと同時に、彼は意識を失った。左手と両足はちぎれ飛び、大量の血液を垂れ流す。
「ギイイイイイイン!!」
アマロリットの絶叫が響く。
「クッ……おのれ雷災龍《レイジンガ》!」
バゼルはアマロリットとアルトネールに負傷したギンの治療するように言い渡し、今一度レジーを見た。
レジーは着地と同時にバゼルを見ると、瞬時に拳を構えた。そのモーションは今までよりも速く、バゼルは反応できるかどうかバゼル自身でも判断できかねるくらいだった。
が、その拳が振るわれるより速く、アールがレジーの顔面に跳び蹴りを放った。彼女は右腕を失ってなお戦うことをやめなかった。
アールの蹴りはレジーの体を大きく吹っ飛ばすだけの力があった。そのため、レジーとバゼル達の間に距離ができる。
「アアアアアアアアアアア!! ウザイウザイウザイウザイイイイイイイイイ!!」
レジーは怒りと勢いに任せて叫んだ。同時に彼女の周囲をいくつもの電撃が覆う。
「全員消し飛ばしてやるウウウウ!!」
「全員離れろぉ!!」
アールが叫ぶ。今まで以上に恐ろしい形相で叫ぶレジーから、全員待避していく。
「もうやめろぉぉぉぉ!!」
その時、この場にいるはずのない亜人の声が聞こえた。
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